「どうしたの?」
広場に着いた瞬間、フワリと甘い匂いが芙美の鼻をかすめた。綿あめのような、砂糖を煮詰めたような、そんな匂いだ。けれどそれはすぐに消えてしまう。
辺りを見回しても、それらしきものは何もない。気のせいだと思って、芙美は「何でもない」と首を振った。
9月も終わりに近付いたせいか、山の中はこの間来た時よりもひんやりとしている。なのに二人きりだというシチュエーションに胸がずっとドキドキして、芙美は汗ばんだ掌を強く握りしめた。
「湊くん、修行する? 私ここで見てるよ?」
「今日はそんなつもりで来たんじゃないよ。折角だし少し休まない?」
クールダウンしなければと思って声を掛けたが、湊は木の根元に腰を下ろして芙美を横の平たい岩へと促した。
空を仰ぐ湊の横顔に何を話そうか考えながら、芙美は彼の側に座る。ここまでの道中は学校の事や友達の話題が多かったけれど。
「湊くんは、前の世界でずっと戦ってたの?」
先日見せてもらった魔法やら模擬戦の記憶が蘇って、その事を聞きたくなった。
「そうでもないよ。戦後に傭兵をしてた父に付いて回ってた数年と、ハロンが出たあの時だけ。訓練は小さい時から欠かさなかったけどね」
「お父さんも強い人だって言ってたよね?」
懐かしむように語る湊が、父親の話題に一瞬眉をひそめた。
「荒助(すさの)さんは、パラディンって分かる?」
「騎士……の称号? 強い人って事だよね?」
蓮とやったゲームの知識でいまいち曖昧だが、湊は「そう言う事」と肯定する。
「父親がパラディンで、俺の自慢だった。いつかあぁなりたいと思ってたけど、結局追いつけないまま、あの人は死んだんだ」
「……ごめんなさい」
ラルの父親が戦争の後に亡くなったという話は、前にも聞いている。
「俺が話したくて話したんだから謝らないで。俺が弱いのは事実なんだから」
苦笑する湊に、芙美はふるふると首を振った。
「父親が死んだあと、俺はリーナの側近になった。父親が生きてたらそうはならなかっただろうし、これはこれで運命なのかもしれないと思ってる」
「湊くんは、戦う事が怖くはないの?」
「怖くないよ。戦ってる時は倒す事しか考えていないしね。けどもし死んだら、あぁ俺は負けたんだって思うんだろうな」
「死んじゃダメだよ。死なないで」
あまりにも淡々と『死』を口にする湊に、芙美は思わず声を上げた